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| 小谷城歴史資料館 |
小谷山に登ろうと準備して家を出ましたが、北に向
かう途中雨が降り出したので、余呉の雪化粧を見て
引き返しました。それから目的の登山口に着くと、
そこは小谷城歴史資料館の駐車場でした。(登山は
天候不良で中止)豊臣兄弟の影響で再び(大河ドラ
マ18回目だそうです)脚光を浴びる浅井3姉妹の
お話を、ガイドの大谷さんからお聞かせいただきま
した。秀吉というと大谷吉嗣を思い浮かべて尋ねて
みました。
「おおたに」と「おだに」長音と濁音のコラボレー
ションです。大谷吉嗣は長浜市余呉町小谷(おおた
に)の出身です。 「小谷」と書いて「おおたに」と
読みます。ここで、大谷吉嗣は元は小谷吉嗣だった
ことがわかります。秀吉におおたになら大谷にしろ
と命令されたのではないでしょうか。記録にないの
でわかりません。しかし、秀吉は今浜を長浜に替え
ています。信長の長をもらったものと考えていまし
たが、長政の長でもありました。(茶々入れです)
次に濁音です。古い書物には「をたに」と書かれて
いて後に「おだに」に変わっています。言葉の変遷
をみると、韓国語はパッチムが発達し、日本語は濁
音が発達して行きます。名前に濁音を忌み嫌い清音
で読ませた時代において、浅井、朝倉と戦国武将を
並べてみると浅いと書きアザイと読ませたのも不思
議なことです。元の「あさ」は朝につながるように
も見えてきます。
さて小谷城の隣には先日訪れた小谷寺があります。
こちらの如意輪観音様は全てご存じなので、クラウ
ドファンディングが成功して、はやく世に顕れ出て
来られることを願うばかりです。伽耶を通じた海の
ルートから入ってきたもう一つの仏教のルーツを、
浅井三姉妹を通じて世間に伝えようとしているかの
ようです。







