応神天皇の時代に阿自岐の紹介で王仁博士が千字文
を携えて渡来した。その内容とは、「天地玄黄」か
ら「焉哉乎也」まで、4字を1句とする250個の
短句からなる韻文です。その中の句を一組。
恭惟鞠養(きょういきくよう)
豈敢毀傷(きかん)
親の養育を思えば、我が体を痛め傷つけるなどあ
りえようか。
10代、20代の死因第1位が自殺という国に於
いて忘れられている漢字が並んでいます。
今から「社会を明るくする運動」の講演会に参加
してきます。
ドラマだけじゃない。韓国の魅力。 それは日本のルーツがここにあるから。
韓国語を勉強してみて日本語の「?」に出会うこと
があります。큰형は大兄で大きい兄ということにな
るのでしょうか。大きい木という時の大きいは形容
詞の連体形で、日本語でも韓国語でも同じルールで
す。では「大きなかぶ」の話がありますが、大きな
木という表現は間違っているのでしょうか❓
日本語には形容動詞というものがあって、きれいな
人というように連体形にするとき「だ」を「な」に
変えるのですが、大きい、小さいは形容詞であり、
形容動詞ではありません。調べてみると、「大きな」
は連体詞という名詞を修飾するためだけに使う言葉
だそうです。この、その、あの、大した、所謂…。
形容詞と間違いやすい連体詞の代表例としては、大
きな、小さな、おかしな、などがあります。
大伽耶、小伽耶があるのですが、大伽耶のことを意
富加羅(おおから)と言った。おおうじ(大氏・多
氏・大生氏)がいた時代に少彦名(すくなひこな)
の神がおられた。大きいと多い、小さいと少ない、
なんとなく言葉の語源を考えさせられるような単語
が並んでいます。
![]() |
| 未だ世界文化遺産でなかったことの方が驚きです~ |
伽耶、百済、倭の連合軍が新羅を攻撃したため、西
暦400年広開土王が新羅の救援に出兵。金官伽耶
は大きな打撃を受けて伽耶の覇権は大伽耶へと移行
していった。洛東江上流の大伽耶の首都は高霊で、
日本書紀においては、意富加羅国(大加羅国)の王
子が都怒我阿羅斯等とあり、古事記には新羅の王子
天之日矛の話もあるが、大伽耶も阿羅伽耶も新羅も
任那以外は区別すら出来ないこちら側からの視線で
あったようです。さて、大伽耶のことを意富加羅国
といった人たちは、敦賀を足掛かりに塩津海道を経
て琵琶湖の向こうに見える大きな山を意富来山と名
付けたのでしょうか。意富氏、多氏(おおうじ)と
伊勢神宮の親神様である多賀大社、天津彦根命を祀
る多度大社と繋がって行くようです。
![]() |
| 多度山から木曽三川と名古屋市街 |
天智天皇崩御に伴い即位した大友皇子(弘文天皇)
に対し、出家して吉野に居を構えていた大海人皇子
が兵を挙げたのが、壬申の年の6月で、不破(関ヶ
原)の戦い、息長横河の戦い、犬上川鳥籠山の戦い
を経て、約1ヶ月で大海人皇子が勝利し天武天皇と
なったのが壬申の乱です。父大海人皇子の吉野での
蜂起に呼応して、母尼子姫と共に近江朝廷を出た高
市皇子は、伊賀の柘植で父と合流、その後大海人皇
子は不破の野上に向かい高市皇子を和蹔(わざみ)
に派遣して軍を編成、終結させたとあります。近江
朝廷軍の動きを封じ込める最重要拠点であり、大海
人皇子も和蹔に入り、ここから二手に分かれて進軍
を開始した拠点だというのですが、未だ歴史学者に
よってその場所が特定されていない事実は正にミス
テリーです。以下は和蹔についてのハンちゃんの見
解です。
![]() |
| 壬申の乱の後に…伊勢越えの要津 |
和蹔(わざみ/わざに)とありますが、綿向山の西
側、東近江市和南町には和南城跡が有り、和南川に
沿って藤切神社が鎮座します。この一帯は近江の古
代豪族蒲生氏가모(ガモウ・カモ)の拠点で、北に
向かうと依知秦氏、犬上氏、息長氏、坂田氏へと連
なる古代における琵琶湖東岸の重要拠点でした。こ
れらの豪族は本来大友側につく筈ですが、高市皇子
は母の実家のある犬上氏の拠点甲良町尼子を頼り、
形勢逆転に出た模様です。犬上の戦いでは、大海人
皇子が一時大友軍に囚われたが、安食の6人衆によ
って解放されたとの記録も残っています。後の時代
に行基が湖北から湖東に至るこの地域に四十九の寺
院を建てた。その第49番目のお寺が豊郷町四十九
院にある唯念寺です。行基は更に聖武天皇の時代に
は東大寺の大仏建立も成し遂げました。
ゴールデンウィークに鳥取県の大山に登ってきまし
た。大きい山と書いて「だいせん」と読みます。
「山」を「セン」と読むのは、古い時代に日本に伝
来した呉音の読み方だそうで、仏教関係の語に多い
漢字の音で、深い歴史を物語る象徴的な読み方とさ
れる。山をセンと読む山は全国に70ほどあるが、
鳥取県、岡山北部、島根県、佐渡島、隠岐島に存在
するとのことです。残雪を残す風貌は夏の穂高連峰
を彷彿させる絶景でした。
![]() |
| 鳥取県大山の山並み |
呉音(ごおん)とは、5~6世紀頃の中国南方(揚
子江下流域)の漢字音が、朝鮮半島を経由して日本
に伝わった最も古い時代の音読み。主に仏教経典や
寺院で用いられたため「仏教語」に多く残っており
漢音よりも定着している言葉もある。例:平等、女
ニョ、明ミョウ、利益リヤクなどとありました。
NO.669蘇洞門があるところが若狭湾ですが、
若狭の語源も왔갔어ワッカッソ(行き来)という意
味だそうです。