莵道稚朗子と書いて京都の宇治に関連する名前とい
われています。応神天皇の時代に皇太子の教育担当
として阿直岐がいました。天皇が「汝に勝る博士は
他にいるか」と尋ねると、王仁(わに)という者が
いると答え、千字文、論語伝来の契機となった。
さて、幼名にウジの湧きのイラつ子と名付ける親の
気持ちを想像してみましょう。天皇が長子を授かり
その成長を願うわけですが、その名前に、ウジが湧
く、イラつくと敢えて忌むような言葉を使うのは、
阿直岐の教育の賜物ではないかと思います。韓国ド
ラマでケトンと呼ばれる子供がいます。犬の糞の意
味です。魔除け、子供の成長を願う親の気持ちが詰
まっています。つまらないものですが…と差し出す
文化に引き継がれているようです。結果として、莵
道稚朗子は王位につかず異母兄の仁徳天皇へと時代
は進みます。
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| 犬上郡豊郷町高野瀬 |

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