近江西明寺と二階堂宝蓮院は、どちらも滋賀県(近
江国)に存在し、「織田信長の焼き討ち・破壊」と
いう歴史的な悲劇で深く結びついている歴史的な寺
それぞれの概要と、両寺を結ぶ歴史的背景は以下の
1. 近江西明寺(さいみょうじ)
- 概要: 湖東三山(西明寺・金剛輪寺・百済寺)
- 歴史と特徴: 平安時代初期(834年)に仁明
された本堂と三重塔は、釘を一本も使っていない純
和様建築であり、国宝第1号に指定されています。
[1, 2]
二階堂宝蓮院とともに西大寺の近江八大寺とされた- 信長の焼き討ち: 元亀2年(1571年)の織
域にも及びましたが、西明寺は幸いにも本堂や三重
塔、二天門などの主要伽藍が焼け残り、当時の貴重
2. 二階堂宝蓮院( ほうれんいん)
- 概要: 甲良町下之郷にあったとされる、鎌倉
として石碑や史跡が残るのみとなっています。
- 歴史と特徴: 鎌倉時代末期の知将である二階
ており、彼のゆかりの広大な大寺院(西大寺近江
八大寺の筆頭)として栄えました。本尊は、約5
メートルの巨大な「丈六阿弥陀如来(二階堂仏)」
- 信長による破壊と本尊の移設: 織田信長が近
しまいました。信長はその後、安土に「浄厳院
(じょうごんいん)」を建立し、宝蓮院の本尊で
あった阿弥陀如来をそこへ無理やり移設させまし
た(現在も安土の浄厳院に本尊として安置されて
り、同じ甲良町内の鈴鹿山麓平野部に位置します。
- 文化財の関わり(平 景吉): 西明寺にある重
名工(石大工)の平景吉(たいらの かげよし)は、
二階堂氏が権勢を誇った鎌倉時代後期にこの地域で
活躍した大工です。この地域の鎌倉文化の隆盛にお
いて、西明寺と二階堂氏は深い文化的背景を共有し
安土の佐々木慈恩寺は、織田信長によって焼失し、
跡地に浄厳院が建てられた。その住所は現在も安土
町慈恩寺で、立派にそびえ立つ楼門は室町時代建立
のものだという。秋には例年、浄厳寺国際芸術祭が
開催されているそうです。

0 件のコメント:
コメントを投稿