に存在したが故に小字名の烏堂、西烏堂、東烏堂、
北烏堂、金堂口、金堂次、経堂などの名が残ってい
るのでしょうか。現存する桂城神社の小字は金堂、
北金堂、二階堂、市場、南市場、高座の六小字とし
て、二階堂の名も残っています。また、現在下之郷
に多い姓は、順に阪東、川並、上野、松宮、安澤、
辻、西堀、藤居、古川、二階堂があります。
因みに藤堂高虎の藤堂家は、元は下之郷の川並家
の出で出精して本家にも藤堂に改めるよう進言し、
1軒藤堂姓の家があります。また、かつて下之郷城
の城主であった多賀忠高の三奉行は上野、川並、二
階堂であったとも記録に残っているようです。
その昔、二階堂道蘊が晩年に居を構えた、下之郷の
二階堂の名前の由来は、安土浄厳院を訪ねて、その
本堂に安置された阿弥陀如来像を拝見し副住職さん
からお話を聞くなかで理解できたように思います。
近江八幡の興隆寺から移した本堂をしても納まり切
らなかった、その仏様の大きさに二階堂と言われる
高いお堂を建てる必要があった。宇治の平等院の仏
さまと比類される二階堂仏の名前の所以だと思われ
ます。
| 浄厳院阿弥陀如来像 |
台座、光背、天蓋がセットで現存する貴重な仏さま
です。