○○さんの お父さんは地方の大地主でした。
貧しい小作農の人々の為にその農地を分け与えてあげました。
然しそのことにより“世を惑わす者“として国家反逆罪に問われ、
ソウルの留置場に拘束されました。その後面会に行った○○さん
のお母さんはソウルの橋の下で○○さんを生みました。
お父さんは処刑され、乳飲み子を連れて地方に戻ったお母さんは
やがて病気で亡くなりました。
養父母に育てられた○○さんはいつも牛と一緒に寝起きを共にし
いつも勉強している子供でした。小学校の時に四書五経等の儒学
や天文地理に精通し、ソウルに上京した○○さんはお寺で修行し
ながら八萬大菩薩、天府経、三一新古などを、キリスト教会の
牧師さんの養子となってからは、聖書などをと洋の東西を問わず
宗教、政治、哲学、思想等を遍く学びました。
教会で説教をすると自分の勉強の時間がとれないので牧師の家を
出てテントでの生活を始めました。物売りをしながら勉強している
時、偶然出会った同郷の李さんに養子として迎えられた○○さんは
その会社のビジネスアドバイザーとして見事に会社を大きくするこ
とに成功させましました。その方には早稲田に留学させた息子がい
たので李さんは多額の退職金を与えて、ある政治家に紹介しました。
○○さんはそのお金で韓国放送通信大学を設立し、孤児院等の運営
に力を注ぎ、その政治家の秘書のような仕事をしました。
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その同郷の実業家の李さんが三星の創業者李ビョンチョル会長です。
○○さんの提案で半導体事業は軌道に乗って、彼の経営のアドバイス
でサムソンは労働争議のない会社として成長していきました。
三星は知らなくてもギャラクシーの名は世界中で知られています。
そして、紹介された政治家が朴正煕大統領でした。
○○さんは朴正煕大統領にセマウル運動を建議し、朴正煕大統領の
秘密補佐の役割を果たしていました。当時20代の若さで....
そしてそのことを証明するかのように朴正煕大統領から貰ったという
指揮棒を持っています。このことは何を意味するのでしょうか。
この人物が韓国第20代大統領候補の許京寧です。
現在与野党及びマスコミ、世論調査会社、選挙管理委員会までもが
その人物に対して報道を制限するかのような対応をしていますが、
過去を裁き身内を罵りあう政権討論会に国民は嫌気が差してきて、
いよいよ許京寧を正しく見る国民の数がネット上で急浮上し始めて
います。国家革命党の名のもとに維新革命を目指しています。
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